エビ、カニ、ヤドカリやサンショウウオ、イモリ、カエル等のうんちくWiki「Decapedia」の中の人が身近な生き物について抜粋して紹介する特集コーナー第10回です。新型コロナウイルス感染症拡大がいよいよ終息の気配を見せてきましたが、まだまだ油断せず乗り切りましょう!
ところで、今回は記念すべき第10回にも関わらず「身近か?」と聞かれると全然身近ではありません。写真も小樽の市場で撮ったものですし、水深200m以深という深い海のタラの漁場(鱈場)で穫れるためその名が付いた、しかもオホーツク海等の寒海にしか住まない「タラバガニ(Paralithodes camtschaticus)」です。
その価格から食卓ですら身近には感じられないのですが、なぜ「身近な生き物」として紹介するかというと、実はそこらの磯に行きゃウジャウジャいるホンヤドカリ(Pagurus filholi)に非常に近縁な生き物だからです(無理矢理感)。
和名の由来は先に述べましたが、鱈の漁場で採れるカニ(鱈場蟹)の意味です。食用種としてあまりにも有名なカニですが、正確には異尾下目(ヤドカリ下目)に分類されるカニよりはヤドカリに近い生き物です。近年のDNA解析によりタラバガニ科とホンヤドカリ科が非常に近縁であることが判明しています。
我国近海で採れるタラバガニ科のカニ(ヤドカリ)には本種の他に、アブラガニ(P. platypus)、ハナサキガニ(P. brevipes)が、属は違いますが駿河湾近海で採れるイバラガニモドキ(Lithodes aequispina)が、食用有用種として有名です。
筆者が食したことがあるのは、タラバガニ(アブラガニも含まれていたかも)とハナサキガニぐらいですが、身が甘く非常に美味です。
食用種以外のタラバガニ科のカニ(ヤドカリ)では、メンコガニ(Cryptolithodes expansus)、シワガニ(Dermaturus mandtii)、ヒラトゲガニ(Hapalogaster dentata)、イボガニ(Oedignathus inermis)等が知られ、砂泥底、アマモ場、岩礁海岸等に棲みますが、いずれも身体が小さいせいか食用とはされていません。
タラバガニ科のカニ(ヤドカリ)の特徴は、まずそのカニの様な外見でしょう。第一脚は鉗脚となり概ね右鉗脚の方が大きいという北方起源※1のヤドカリの特徴を備えています。第二、第三、第四脚は歩脚となり、第五脚は著しく退化し甲内部に隠れていますが、指節は鋏脚(ハサミ)になっています。腹部は他のヤドカリとは違って節構造を保ち、尾肢はありません。メスの腹部が左右不相称であることや腹肢が片側のみにあることなど、異尾下目(ヤドカリ下目)の特徴を備えています。
※1:寒海起源とも=寒海性のヤドカリの祖先から分化した種。北方起源と南方起源は、それぞれ別の祖先から収斂進化し、似た形質を持ったとする説もあります。北方起源のヤドカリにはホンヤドカリやタラバガニが含まれ主に右の鉗脚が大きく、南方起源のヤドカリにはスベスベサンゴヤドカリ、オカヤドカリやイソヨコバサミ等が含まれ左の鉗脚が大きい、または左右同大のことが多いです。
タラバガニや上記のカニダマシの他にもカニっぽいヤドカリがいて、一時期、「タダタダタダヨウガニ」という某水族館のインボイスネームで話題になったコシオリエビの仲間や、甲部に比べて異常に脚が長くクモの様にも見える、ムギワラエビの仲間が知られています。
こちらはエビという名の付くカニっぽいヤドカリということで筆者は可笑しみを覚えているのですが、面白くないですか? そうですかorz
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トリビア的によく見る「タラバガニは脚が1対少ないからヤドカリ~!」というのは実はトンデモ説です。図示した様にヤドカリの第四、第五脚は貝殻を支えるために使われており、外見上は脚が2対少ないのです。一方のタラバガニの第四脚は歩脚として体側にマジマジと現れている上、第五脚こそ甲部の鰓室に収納されているものの鋏脚になっていて鰓室の掃除等に使われています。ヤドカリ、タラバガニともに十脚目ですからちゃんと10本脚があります。
見た目的にも、分類的にも、脚の働き的にも「タラバガニは脚が1対少ないからヤドカリ~!」の根拠は全くありません。それで行くと、むしろ歴とした短尾下目(カニ下目)のカイカムリ(Lauridromia dehaani)の方が「脚が少ないからヤドカリ~!」に該当します。
カイカムリは第四脚と第五脚で貝殻を支えていて、外見上見える脚の数も、見えない2対の脚の働きもヤドカリとほぼ同じだからです。ですがカイカムリは「脚が少ないのにカニ~!」なのです。
という訳で、子供に「タラバガニはヤドカリなの?」と聞かれた場合は、「脚が1対少ないからヤドカリ」などと、嘘を教えてはいけません。とは言え、「メスの腹部が不相称であることや腹肢が片側のみにあるからヤドカリ」等と難しいことを言っても伝わらないので、「タラバガニの顔をよく見てごらん。カニよりもヤドカリに似ているだろう。もっとよく見ると、そう、ミトコンドリアなんてヤドカリにそっくりだ!」と優しく教えてあげましょう。ミトコンドリアはともかく、実際、タラバガニの顔はカニ顔ではなくヤドカリ顔をしています(笑)
ちなみに、「タラバガニはカニ? ヤドカリ?」と同様のトリビア的FAQにこれがあります。もちろんザリガニはエビの仲間ですが、ザリガニをエビの仲間とするなら、実は同じレベルで「カニやヤドカリはエビの仲間です」と答えていることになるので、正確ではありません。
世間一般ではエビ・カニ・ヤドカリという風に便宜的に3種類に分かれていますが、十脚目(エビ目)の仲間は系統分類的には、クルマエビの仲間(根鰓亜目(クルマエビ亜目))とエビの仲間(抱卵亜目(エビ亜目))の二つに大分類された後、エビの仲間の中で、イセエビの仲間、ザリガニの仲間、カニの仲間、ヤドカリの仲間・・・。という様に並列して仲間分けされています。
従って、子供に「ザリガニはエビなの? カニなの?」と聞かれた場合は「エビの仲間だよ」等、適当に答えてはいけません。とは言え、「エビの仲間には抱卵亜目と根鰓亜目があってね・・・」等とドヤ顔で説明しても伝わらないので、「ザリガニはザリガニの仲間だよ」とスマートに教えてあげましょう。
むしろ、クルマエビはカニやヤドカリよりもエビではないことの方が子供にとってはトリビアだと思いますので、こちらを教えてあげるのも良いかもしれません。
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