エビ、カニ、ヤドカリやサンショウウオ、イモリ、カエル等のうんちくWiki「Decapedia」の中の人が身近な生き物について抜粋して紹介する特集コーナー第11回です。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言が解け、このあと梅雨が終われば夏本番。
ということで今回は、磯の岩場にワラワラいる「イワガニ(Pachygrapsus crassipes)」をご紹介。海水浴に行く様なビーチでも端っこに岩場があればワラワラと蠢いているので、皆様も一度ぐらいは目にしたことがあると思います。
でも、それって本当にイワガニでしたか?
イワガニは日本では北海道以南に棲息します。名前の通り岩礁の磯へ行くと必ず目にすると言ってよいカニで、潮上帯(満潮時でも水面より上にある場所)の、まともに波しぶきをかぶる様な岩場で見られます。外敵(主にヒト)に追われた時等、やむを得ず飛び込む場合を除いては、水の中に入ることは稀で、素早く逃げ込める様な岩の隙間を拠点にして潮上帯付近の岩の上下を歩きまわっています。
岩礁の磯に棲むカニは種類が多く、また潮上帯付近をウロウロするものには他にイソガニ(Hemigrapsus sanguineus)やカクベンケイガニ(Parasesarma pictum)がいますが、イワガニはその特徴的な甲のシワによって(近づけさえすれば)簡単に見分けが付くと思います。
また、干潮時の岩場にできる様なタイドプールにイワガニが入ることも、脱皮の際を除けば稀で、水面下の岩陰にいるのはイソガニやケフサイソガニ(Hemigrapsus penicillatus)(またはタカノケフサイソガニ(Hemigrapsus takanoi))、ヒライソガニ(Gaetice depressus)の場合が多いです。
濃緑色の体に黄色の斑が入るカニで、岩の隙間で生活するのに適した平べったい体をしています。体はそれほど大きい訳ではなく、薄紫~赤い色の鉗脚も目立つほど大きい訳でもありませんが挟む力はかなり強く、サワガニを掴むのと同じ感覚で素手で握り込んだりしない方が身のため。挟まれると相当に痛いです。大人でも泣けます。たまに大きな個体もいて、岩の隙間から殺気すら感じることもあります。
磯で釣りをしていると、溢れた撒き餌にワラワラと寄ってくることがあり、また釣り餌としても有用なため、釣り人には馴染みの深いカニなのですが、釣餌店でイワガニという名で売られているカニはカクベンケイガニであることが多いです。波の届かない陸上や防波堤をウロウロしているカクベンケイガニとは違い、荒波をまともにかぶる様な足場の悪い岩場に住み、またカクベンケイガニほど群れなしていないイワガニを、大量に捕獲するのは難易度が高いからだと思います。
食性はやや肉食性の強い雑食で、死んで打ち上げられた魚に集っていたり、生きたフナムシを捕食するところも目撃しますが、主には海藻等を食べている様です。イワガニと同様に陸棲傾向の強いアカテガニやクロベンケイガニ、ベンケイガニとは違い、汽水域や淡水域に進出することはほとんどなく、またカクベンケイガニの様に潮の届かない完全な陸地部分をウロウロしていることもありません。
海水の波飛沫がかかる場所で、それでいて海水そのものには浸からない場所をウロウロする変わったカニ。それがイワガニです。
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イワガニは日本列島および朝鮮半島と、北米大陸太平洋岸(オレゴン州以南)、ハワイ諸島、ガラパゴス諸島に分布しています。太平洋の途中に何もない離れた地域に点在するため、東アジアから北米大陸に、または北米大陸のものが東アジアに、船のバラスト水等によって運ばれ移入したとする議論があり、我国には1890年以前の記録がないという理由で、一時期は北米からの外来種とされたことがあります。
しかし、最近のDNA研究(ミトコンドリアDNAハプロタイプ解析)の結果、北米地域のイワガニと日本近海のイワガニは80万年~100万年ほど前に分化したことが判明し、それぞれ自然分布であるという結論が出た模様です。
筆者の私見ですが、我国で記録がなかったのは、そこらの磯にウジャウジャいるカニの上、水産価値が低く、またサワガニ(Geothelphusa dehaani)やクロベンケイガニ(Chiromantes dehaani)の様に稲作文化との接点もないため、昔の日本人は“岩場にいるイワガニ”を、敢えて独立した種として認識する必要もなかったのではないかと思います。要するに「岩場にワラワラいるカニ」を一纏めにイワガニと呼び習わしていたのではないでしょうか。
日本の生き物を、水産上の価値感ではなく生物学的(博物学的?)に体系化したシーボルトが、もしも磯釣りをする趣味を持っていたら、1890年以前にもイワガニの記録が残っていたのかもしれませんね。
イワガニの飼育は容易で、海水魚が飼えるレベルのマリンタンクで長期飼育が可能です。餌はスーパー等で売っている活けアサリを冷凍しておき、時々与えてください。たまにワカメ(増えないタイプ)などの海藻も与えると良いでしょう。力が強く、また岩の隙間に潜む習性をもつため、せっかく組んだライブロックは跡形もなく崩されますので、リーフタンクでの飼育はオススメしません。
基本的には陸棲傾向が強いので、岩などをしっかり組んで陸地部分を多く設けます。水槽は60cm以上のものをオススメします。
体が平べったく、物を登る力も強いのでピッタリと閉まる蓋をしないと脱走します。
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