劇場アニメを中心にお送りしている映画レビュー。19回目となる今回は、京都アニメーションが手掛けるTVアニメシリーズの外伝作品として、3週間限定で劇場公開されている『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』のレビュー/感想をお送りします。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はKAエスマ文庫にて発売中の暁佳奈氏のライトノベル、およびこれを原作とした京都アニメーション(以下、京アニ)が手掛けるアニメシリーズ。少女兵として育てられた感情の起伏に乏しい少女、ヴァイオレット・エヴァーガーデンが、戦争終結後、郵便社で行われている手紙の代筆業「自動手記人形サービス」に従事。その仕事を通して様々な人々の想いに触れることで、戦時中に彼女を唯一人間として扱ってくれた、いまは行方不明になっているギルベルト少佐が彼女に遺したひと言「愛してる」の意味を見つけようとする物語です。
アニメシリーズはTV放送された本編全13話と、TV未放送の特別編が1話があり、またこれらのエピソードのネット配信はNetflix独占配信となっています。
■Netflix:ヴァイオレット・エヴァーガーデン スペシャル
■『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』予告
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』(以下『ヴァイオレット外伝』)では、そんなTVアニメシリーズに連なるストーリーが展開。自動手記人形としての経験を積んだヴァイオレットに、一風変わった依頼が舞い込みます。それは由緒ある女学校に通いながらも、そこでの生活に馴染めない少女・イザベラの教育係。のちに彼女には生き別れになったテイラーという妹がいることが明かされます。果たしてふたりは再会を果たすことができるのでしょうか?
本作はこれまで多数の京アニ作品の原画や演出に携わってきた藤田春香氏の初監督作品。アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』本編および特別編で監督をしていた石立太一氏は監修という立場での参加となっています。
※次の項目から、物語の核心には触れない程度の軽微なネタバレを含みます。
TVシリーズ本編では代筆の依頼主たちの「手紙を届けたい事情」や「送る相手への想い」に触れることによって人の心に宿る様々な感情を理解し、成長していったヴァイオレット。外伝では既に腕利きの代筆屋として一人前になった姿を見せてくれます。相変わらず感情表現には乏しいものの、時折見せる心からの微笑みにはグッと心を掴まれます。
そんなヴァイオレットが今回、教育係として面倒を見るのがイザベラ。礼儀作法は完璧、歩く姿ひとつ取ってもピンと背筋が伸びていて気品溢れるヴァイオレットとは対照的に、イザベラは何事もやる気がなく、いつも猫背で、髪はボサボサ。由緒ある家庭の娘として、その後の人生も親に決められてしまうことが分かっている彼女は、あらゆるものに絶望しており、ヴァイオレットのことも拒絶します。しかしどこまでも真っ直ぐでありながら、どこか影があるヴァイオレットに、イザベラは徐々に心を許すように。彼女の心が少しずつ解きほぐされていく過程は、非常に丁寧に、実に微笑ましく描かれています。女性同士の交流における感情の機微といった要素がお好きな方は、非常に楽しめるのではないでしょうか。
そうしてイザベラはある日、ついにヴァイオレットに、自身のこれまでの人生にまつわる“ある秘密”を語ります。ヴァイオレットにはギルベルト少佐、イザベラには妹のエイミーという、生きる意味を与えてくれた相手がいました。ふたりは「大切な人に会えない日々を送っている」という点では、似た者同士だったのです。
『ヴァイオレット外伝』は、イザベラと、その「大切な人」である妹、エイミーの物語であるといえるでしょう。ヴァイオレットは今回、そんなふたりに希望を持って生きるための道を示す役割に徹しています。初登場のキャラクターがおはなしの中心となるので、TVシリーズ本編を観ていない方でも、きっと本作を楽しむことができるはず。とはいえ、本作での成長したヴァイオレットの姿には、TVシリーズで描かれた様々な出会いと別れの積み重ねを垣間見ることができます。上映終了までにTVシリーズを最後まで見届けることができそうであれば、視聴した上で本作に臨めば、その感動はさらに深いものになることでしょう。
TVシリーズの時点でも「劇場版クオリティ」と言われるほど、精細な映像美が観るものを圧倒した『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。独自のファンタジー世界にリアリティを宿すディテールの細かさは、京アニが制作するTVアニメ史上でも最高峰でした。本作もその映像美は健在。作品の題材上、ダイナミックな動きのあるシーンはありませんが、キャラクターのしなやかな所作や表情の変化、風にそよぐ草木や舞う花びらといった些細な部分の表現にこそ目を奪われます。
また、近年の京アニ作品を追ってきた方ならば、学校がしがらみの象徴として描かれていることや、羽ばたく鳥が自由の象徴として何度も映し出されることから、2018年に公開された劇場アニメ『リズと青い鳥』を思い出すことができるでしょう。特に鳥については、いずれの作品でも“不自由”や“ままならなさ”を感じながら生きる登場人物と対比的に描かれていますが、最終的な結末や余韻は『リズと青い鳥』と『ヴァイオレット外伝』ではかなり異なっています。こういった点を比較してみるのも面白いかもしれません。
『ヴァイオレット外伝』には、もうひとりスポットが当たるキャラクターがいます。TVシリーズから引き続き登場するキャラクターなのですが、この人物はTVシリーズから年月が経過したことで、日々繰り返す単調な毎日に不毛さを感じているのです。この人物を通して描かれるのは、「なんでもない日々が、誰かの笑顔をつくっている」ということ。忙しさや、日々の変化の小ささで忘れがちですが、ほとんどの仕事は、誰かの生活をより良いものに変えるために役立っています。社会に出てなんらかの仕事に従事している方は、本作を通して、仕事に対しての誇りや、初めて感謝してもらえたときの嬉しさといった気持ちを思い出せるかもしれません。
本作の公開日である2019年9月6日に明らかになった、次回作『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の公開延期。それはとても残念なことではありますが、今回の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』は、京アニがこれまでに手掛けた多くの作品と同様、何度でも思い出して噛みしめることができる、深い感動をもたらしてくれる作品です。本作から受け取った温かい気持ちを胸に、『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が公開されるその日を待とうと思います。
■『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』特報
いま、しっとりと感動できるアニメを探しているならば、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』ほど相応しい作品はないでしょう。この作品に込められた、制作スタッフたちの想いや願いに、ひとりでも多くの方に触れていただきたいと願って止みません。
2019年9月6日(金)~9月26日(木)、全国の劇場にて3週間限定で上映中!
上映時間:90分
【スタッフ】
原作:「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁 佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:藤田春香
監修:石立太一
シリーズ構成:吉田玲子
脚本:鈴木貴昭、浦畑達彦
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平
3D監督:山本 倫
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
主題歌:「エイミー」茅原実里
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹
【キャスト】
石川由依
寿美菜子
悠木碧
子安武人
内山昂輝
遠藤綾
©暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会