劇場公開のアニメ―ション映画を中心にお送りしている映画のレビュー・感想記事。今回は、太宰治の『人間失格』を原案とし、まさかのSFアクションとして再構築した劇場アニメーション『HUMAN LOST 人間失格』をご紹介します。
太宰治が入水自殺の一ヶ月前に書き上げた中編小説『人間失格』。他者に共感できず、最終的には自身に「人間失格」の烙印を押すことになる男・大庭葉蔵の半生が描かれています。
『HUMAN LOST 人間失格』は、この古典文学の傑作を再構築。舞台は医療技術が発展した昭和111年の日本。この世界の日本では、国民の寿命が120歳を突破した一方、一部の人々が異形の怪物になってしまう“ヒューマン・ロスト化現象”が各地で見られるようになっています。そんな世界で自堕落な日々を送る青年・大庭葉蔵(CV:宮野真守)が、異能の力に覚醒。国家機関に所属する女性・柊 美子(CV:花澤香菜)と共に、ヒューマン・ロストを引き起こす原因、ひいては日本という国家の歪みに立ち向かっていくというのが、本作のストーリーとなっています。葉蔵、美子(原案ではヨシ子)だけでなく、多くのキャラクターの設定や関係性が原案の『人間失格』から着想を得ているのも特徴です。
監督は『アフロサムライ』や『BAYONETTA BLOODYFATE』の木﨑文智氏。ストーリー原案・脚本は、『マルドゥック・スクランブル』や『天地明察』などで有名な小説家であり、『蒼穹のファフナー』シリーズのシリーズ構成・脚本なども手掛ける冲方丁氏が担当。スーパーバイザーには『踊る大捜査線』や『PSYCHO-PASS サイコパス』の本広克行氏。アニメーション制作は『シドニアの騎士』や『BLAME!』、『GODZILLA 怪獣惑星』のポリゴン・ピクチュアズ。キャラクターデザインはコザキユースケ氏、主題歌の「HUMAN LOST feat. J. Balvin」はm-floが手掛けるなど、各分野のトップクリエイターが集結して、この前代未聞の作品を形づくります。
予告映像だけではどんなテイストの作品になるのかイマイチ判断がつかない『HUMAN LOST 人間失格』ですが、SF作家の冲方丁氏が携わっているだけあって、作品世界の設定は綿密につくり上げられたものになっていました。
医療技術が飛躍的に発展し、120歳まで生きられるようになった反面、1日24時間のうち19時間が労働時間になっているなど、現代日本を徹底的に戯画化したような設定には、グロデスクながら有り得ないことではないと感じさせるリアリティがあります。首都圏に位置する「インサイド」の住人と、その外側で暮らす「アウトサイド」の間で貧富の差が拡大しているという部分も、地域格差が増える一方の現代と重なります。大気汚染の影響でインサイド住人は外出時、全員ガスマスクをしているなど、異様な社会は視覚的にもインパクトが強いものに。ポリゴン・ピクチュアズのCG技術が、暗い近未来に確かなリアリティを与えています。技術が飛躍的に発展しながらも、人々の人権は軽視され、大きく歪んだ社会を描く本作は“ディストピアSF”にも分類されるでしょう。
本作は『人間失格』以外にも様々な作品、特にSF作品からの影響やオマージュが散見され、このジャンルが好きな方がニヤリとできる要素に満ちた作品でもあります。医療が発展した世界という点では伊藤計劃氏の『ハーモニー』を連想させますが、薄暗い都市の景観は『ブレードランナー』や『AKIRA』などの古典といえるサイバーパンクSFを現代のCG技術で蘇らせたような、懐かしくも新しいものになっています。スーパーバイザーを務める本広克行氏の代表作を連想する要素も。「櫻井孝宏ボイスで白髪の胡散臭い青年」と来ればやはり『PSYCHO-PASS』が頭をよぎりますし、序盤ではそのものズバリな、レインボーブリッジを閉鎖する場面が…。
また、異能の力に目覚めた大庭葉蔵の姿はほとんど『デビルマン』! 彼が様々なものを失い、傷つきながらも戦い続ける悲哀は、むしろ『人間失格』よりもこちらの方が近いかもしれません。待ち受ける数々の試練に立ち向かう葉蔵が異能の力を駆使するアクションシーンも、本作の魅力のうちのひとつとなっています。
過去の様々な名作の特徴を引き継ぎ、現代日本の「あり得るかもしれない未来」を描く『HUMAN LOST 人間失格』。中盤では権力を持った老人たちが生き長らえるために、若い命が犠牲になるなど、より一層この国の現状を風刺するような展開が待っています。
しかしそれらの風刺的な設定と、葉蔵や美子のドラマがあまり上手く噛み合っていない印象も少なからずありました。社会への不安や問題意識を戯画化したディストピアSFと、個人の内面の葛藤を描く『人間失格』では、そもそもの相性があまり良くなかった印象は否めません。また、原案のストーリーを想起させる台詞が取って付けたように登場することもあり、それらはむしろ作品世界への没入を削ぐ要因でもあったように思います。見方によってはそれがシュールな面白さになっている面もありますが……。
『HUMAN LOST 人間失格』は気になる点も多く、人を選ぶ作品になっているのは否めません。しかし「古典文学をエンタテイメント満載のディストピアSFにする」という大胆な試みや、その中で現代社会への風刺を真っ向から行おうとする姿勢に感じ入るものがあれば、鑑賞の価値がある作品でもあります。明日12月1日は“映画の日”でお得に鑑賞できますし、気になる方は劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか?
2019年11月29日(金)より全国の劇場にて上映中!
上映時間:110分 劇場情報はこちら
【スタッフ】
原案:太宰治「人間失格」より
監督:木﨑文智
スーパーバイザー:本広克行
ストーリー原案・脚本:冲方 丁
キャラクターデザイン:コザキユースケ
コンセプトアート:富安健一郎(INEI)
グラフィックデザイン:桑原竜也
CGスーパーバイザー:石橋拓馬
アニメーションディレクター:大竹広志
美術監督:池田繁美 / 丸山由紀子
色彩設計:野地弘納
撮影監督:平林 章
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
企画・プロデュース:MAGNET/スロウカーブ
配給:東宝映像事業部
主題歌:m-flo「HUMAN LOST feat. J. Balvin
(rhythm zone/LDH MUSIC)
【キャスト】
大庭葉藏:宮野真守
柊美子:花澤香菜
堀木正雄:櫻井孝宏
竹一:福山潤
澁田:松田健一郎
厚木:小山力也
マダム:沢城みゆき
恒子:千菅春香
(C)2019 HUMAN LOST Project