劇場公開のアニメ―ション映画を中心にお送りしている映画のレビュー・感想記事。今回は、3分間だけ時間を止められる女子高校生と、止まった時間の中で唯一動けるクラスメイトの女の子との恋愛を描く劇場OVA『フラグタイム』をご紹介します。
劇場OVA『フラグタイム』は、さと氏が描く同名漫画のアニメ化作品。原作漫画は秋田書店のコミック誌「もっと!」で2013年~2014年にかけて連載されていました。女性同士の恋愛や心の触れ合いを描くいわゆる“百合漫画”のジャンルに数えられる作品です。
人付き合いが苦手な女子高校生、森谷美鈴(CV:伊藤美来)は、1日に3分間だけ時間を止められる能力の持ち主。人との会話を避けるためにこの能力を使っていた美鈴。しかしある日止まった時間の中で、ふとクラスメイトの美少女・村上遙のスカートの中を覗いてみると、遙の時間だけは止まっておらず、能力のことがバレてしまいます。口止めのために美鈴は、遥に「何でも言うことを聞く」と約束してしまうのでした。
アニメ版は、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)としてつくられたものを先行して劇場で上映する、「劇場OVA」という形式で製作されています。2018年に同じく劇場OVAとしてつくられた百合作品『あさがおと加瀬さん』の主要スタッフが再び集結し、制作されているのも特徴です。
筆者は『フラグタイム』の原作を読んでおらず、「主人公が時間を止められる百合作品」「アニメは2018年の『あさがおと加瀬さん。』と同じスタッフが手掛けている」くらいしか知らないまま鑑賞したのですが、上映が始まってすぐにこの作品に引き込まれました。
美鈴は休み時間に自分の席に座っていると、クラスメイトの小林由香利(CV:安済知佳)に話しかけられます。このとき美鈴はその場を逃れるために時間を止めるのですが、派手な演出などは挟まず、ただ画面内に描かれた美鈴以外の全てのものの動きが止まり、音が消えることで表現されます。教室の喧騒が前触れなくまたたく間にかき消え、その中で美鈴だけが動き出す非日常感は、他の作品ではお目にかかったことのない面白さ。またこの“静寂”は、止まった時間の中を美鈴と遥で一緒に過ごすようになり、ふたりの音だけが響く世界になると、さらに特別なものになっていきます。
無音の世界で語らう美鈴と遥を演じる、伊藤美来さん、宮本侑芽さんの声の演技がこれまたグッと来ます。引っ込み思案だけど遥に付き合ううちに芯の強さを見せる美鈴には、可愛らしくもハッキリした声質の伊藤美来さんの声がこの上なくハマっています。宮本侑芽さんはこれまで『アイカツスターズ!』の香澄真昼や『SSSS.GRIDMAN』の宝多六花など、生意気だけど真っ直ぐなキャラクターを演じることが多かった声優さん。けれど、その生っぽい演技は魅惑的でミステリアスな色気のある遥の魅力を、最大限に引き出していると感じました。
ふたりが交わすささやきを、音響設備の整った空間で盗み聴きできるのはそれだけで極上の体験。伊藤美来さんと宮本侑芽さんのファンの方には、配信やBlu-rayで……と言わず、是非劇場に足を運んで本作を鑑賞していただきたいと思います。
「スカートの中を覗く」という行為から始まった美鈴と遥の関係。弱みを握られた美鈴は、何度も遥に翻弄されます。デートに誘われたり、時間を止めてる間のイタズラに付き合わされたり……。優等生で誰からも愛される遥の、小悪魔的な一面に惹かれていく美鈴は、だんだんと彼女を独り占めしたいと感じはじめます。一方で、時間を止めている間の遥の行動は、少しずつ過激になり、その様子には不安を覚えるように。このあたりの感情の機微はとても丁寧に描かれていて、観ていてキュンとさせられたり、ドキドキさせられたり。単行本2巻分の内容を約1時間でまとめているとあって、原作から削られている描写もあるとのことですが、その省略が自然と時間の経過を想像させるような描き方になっていて、原作未読者としては、違和感はありませんでした。
また、美鈴が遥との関わりを切っ掛けに、人との関わり合いについて見つめ直すところも前半の見どころ。最初はクラスメイトの小林さんに話しかけられると逃げ出してしまっていた美鈴ですが、彼女とも距離を縮めていったりと、等身大の成長にほっこりします。
やがて美鈴は、完璧な美少女に見えた遥も、自分とはまた違った問題を抱えていることに気付きます。「ふたりだけの時間」がロマンチックだからこそ、その外側にいる人々との関わりを強く意識させられる本作は、思春期の自意識や、他者との付き合い方に悩んだ経験がある、多くの方が共感できるものと思います。美鈴と遥の繊細で傷つきやすい魂がお互いを求め合う様子に、Every Little Thingの大ヒット曲である「fragile」(フランス語でもろい、壊れやすいといった意味)のカバーをテーマソングとして使用するのは、これ以上ない選曲だと感じられました。切なくも希望に満ちた余韻が、素晴らしいのひと言。
「時間停止」というファンタジーを使った百合作品であると同時に、それだけに終始しないテーマを描く『フラグタイム』。ぜひ多くの方に鑑賞していただきたい作品です。
2019年11月22日(金)より全国の劇場にて上映中!
上映時間:59分 劇場情報はこちら
【スタッフ】
原作:さと『フラグタイム』(秋田書店刊)
監督・脚本:佐藤卓哉
キャラクターデザイン:須藤智子
プロップデザイン:西本成司
色彩設計:岩井田洋
美術監督:本多敬
美術設定:本多敬、佐藤正浩、きむらひでふみ
撮影監督:口羽毅
編集:後藤正浩
音楽:rionos
主題歌:「fragile」
歌:森谷美鈴(CV:伊藤美来)&村上遥(CV:宮本侑芽)
アニメーション制作:ティアスタジオ
配給:ポニーキャニオン
【キャスト】
森谷美鈴:伊藤美来
村上遥:宮本侑芽
小林由香利:安済知佳
島袋美由利
拝師みほ
梅原裕一郎
田所あずさ
高橋未奈美
佐倉綾音
©2019 さと(秋田書店)/「フラグタイム」製作委員会
画像は公式サイトより